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面接者が何も言ってくれないのはなぜ?
~内観面接者は随行人であり、指導者ではない~

 内観法において、面接者は多くを語りません。「今の時間は何を調べましたか?」と尋ねるだけで、内観者が報告をしても評価や助言、解釈をほとんど加えません。初めて内観を体験する方の中には、「もっとアドバイスをしてほしい」「何か教えてくれてもいいのに」と感じる方もいます。

 では、なぜ面接者は多くを語らないのでしょうか。

1. 主体的な気づきを支えるため

 内観法では、面接者が答えや解釈を与えるのではなく、内観者自身が事実を調べ、自ら気づくことを大切にしています。誰かに教えられた理解や反省は、その場では納得できても、本当の意味で自分の力にならないことがあります。一方で、自ら調べた事実から生まれた気づきは、深く心に残り、その後の生き方にも影響を与えます。

 面接者が多くを語らないのは、内観者の試行錯誤や発見のプロセスを奪わないためです。自ら問い、自ら確かめ、自ら理解する。その主体的な営みを支えることが面接者の役割なのです。

2. 評価や誘導を避けるため

 内観では、出来事を「良い」「悪い」と評価することよりも、まず事実をありのままに見つめることを重視します。面接者が評価や解釈を加えると、内観者は事実そのものではなく、「どう評価されるか」や「何が正しい答えなのか」に意識が向いてしまうことがあります。また、面接者の価値観や考え方が内観者に影響を与える可能性もあります。その結果、内観者は自分で確かめるよりも面接者の答えを求めるようになり、面接者への依存や権威化が生じることがあります。

 面接者が評価や誘導を控えるのは、内観者自身が主体的に事実と向き合うプロセスを守るためなのです。

3. 安心して事実に向き合える場をつくるため

 内観では、自分でも認めたくない事実や、これまで見ようとしてこなかった側面に直面することがあります。そのためには、「どんな報告をしても裁かれない」「誘導されない」「見捨てられない」という安心感が必要です。

 面接者は、内観者の話を受け止めながらも、評価や説得を行いません。その姿勢は、内観者にとって「ここでは安心して事実を語ることができる」という信頼につながります。ただし、面接者の役割は感情を操作したり、癒したりすることではありません。内観者が事実に向き合える環境を支えることが大切なのです。

 

4. 内観者のペースを尊重するため

 気づきや理解は、人から与えられるものではなく、自分の中で熟していくものです。その速度や順序は人によって異なります。面接者が結論を急がせたり、特定の方向へ導いたりすると、本来その人自身が辿るはずだった内観のプロセスが損なわれることがあります。

 面接者が多くを語らず寄り添うのは、内観者が自分自身のペースで事実に向き合い、必要な気づきに到達できるよう支えるためです。

 

面接者は随行人であり、指導者ではない

 面接者は答えを与える先生ではありません。正しい生き方を教える指導者でもありません。内観者が自ら事実と向き合い、自ら気づき、自ら歩んでいく。その過程に静かに付き添う随行人なのです。内観者の主体性を守り、評価や誘導を避け、安心して事実に向き合える場を支え、その人自身の歩みを尊重するために面接者は多くを語らないのです。

沖縄内観研修所(平山)

TEL:098-948-3966
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